鈴木大拙から柳宗悦へ -禅茶の世界-
6月15日、金沢にあります鈴木大拙館の大拙館講座に赴いて参りました。
大拙館の懐かしい皆さまにもお目にかかれる機会、そして、何より日本文化史や茶の湯関連の研究の第一人者、熊倉功夫先生が「鈴木大拙から柳宗悦へ-禅茶の世界-」というあまりに興味深い演題でお話になられるとあらば、行かないわけには参りません。
禅の人・鈴木大拙と、晩年は妙好人の研究もしていたため、浄土の人というイメージのある柳ですが、ここから演題の「禅茶の世界」というのをどう導き出すのか、そこが今回の楽しみな点でした。
まずは柳宗悦のお話。彼も最初から今に知られるように「民芸の人」ではありませんでした。当時の天才とされた、ロダンやゴッホ、ルノアール、セザンヌなどを日本に紹介した白樺派の一員で、仲間と共に個性や我を全面に出すような美の世界に没頭します。
ですが、いつからか「個性や我を超えたところにこそ本来の姿、美というものがあるのではないか」と考えるように至り、白樺派からは遠ざかるのです。
その後は、浅川兄弟により李朝の白磁と出会ったり、木喰上人の木喰仏との出逢いなどを経て、作為無く作られた物に魅了され、物の持つ力について、「物は固定観念、既成概念を超える力を持っている。物から教えられる事こそ、優れたあり方を示している」とし、そのようなものを作る人こそ、「無位の真人である」と考えました。
また、楠恭編著『妙好人』の序文では、「信じ切った人」として浄土宗(浄土真宗)の信者を紹介していますが、面白い一文を残しています。「もとより他力宗の門徒であるが、こうなると、まるで禅録でも読むような想いを受ける。一語で既に萬話が盡くされていて、鋭くまた深い。時としては激しいまでの言葉でも、裏には懇切な情がこもっているのである。受け取る者は涙を以て受け取るであろう。彼の言動には盡きぬ公案がある」。
つまりはすべてをお任せで、突き抜けると、それはもう禅であるということでしょうか。妙好人の在り方を禅的に見ている点でも、大拙からの影響を多分に受けていたのではないでしょうか。
また、大拙先生は、「禅のみならず、日本におけるあらゆる“道”が、境地へと行きつくのだ」と仰っています。境地とは何かと申しますと、先生が仰るのに、「獅子の毛先の先端で自在に動ける事」と。狭い、高い、ああだこうだと分別を超えたところで自在に動けるのが境地だと仰っています。
柳は晩年、痛烈に茶道批判のような事を言っていますが、それは茶の湯、茶道を批判しているのではなく、茶人の在り方に苦言を呈しているのだと思います。茶そのものに関しては、大拙先生も柳も、同じ立場をとられているのではないでしょうか。
そういった意味で、二人の道は、違う道を歩めども、同じ方向を見て、同じ結論を導き出していたと言えます。
大拙先生が、自身より先に柳が他界し、松ケ岡文庫の後継者は柳にと思っていた為、ひどく落胆されたという話ですが、それもよくよく頷ける、今回の講演でのお話なのでした。
私自身は、結婚出産、寺の事が忙しい…などと色々な事で長年続けている茶の湯の道から少し遠ざかっていましたが、やはり、死ぬまでに少しでも「自在」の境地に近づきたいと思いますし、何より茶の湯は人生の友で、とても楽しく、いや、楽しいだけでもない道であり、だからこそ一生続けたい、すぐにでもまたきちんと稽古を再開したいと強く願ったのでした。近々実行しようと思います。
和尚は法要もあり忙しく、金沢には行けませんでしたが、その分まで、素晴らしく意義ある時間を過ごさせていただきました。